「デリヘルでは出来ないこと、しよっか」
幹夫は熱い息を吐き、彼女の隣に横たわって、その薄い唇を吸う。
暖かな幸せの波が、心の奥から湧き上がってきた。
この場所にいていいのだという安心感が、幹夫の身体から力を奪う。
幸恵の口腔は相変わらず苦い煙草の味がした。
だが、心にもたらされた安息が、その苦味さえ甘みに変える。
彼女のものなのであれば、苦味であれ、甘みであれ、全てが愛おしかった。
全てが彼女のもの。全てが幹夫にとって愛おしい。
「んんっ……」
「幸恵」
耳元で名前を囁いてから舌を絡ませ、お互いの唾液を交換する。
じゅるじゅると、いやらしい音が狭い部屋の中に満ちていく。
感じているのか、幸恵は肩をこわばらせて、息を絶えさせながら小さく喘いだ。
過去何人の男が、デリヘルの客として幸恵を抱いたのかはわからない。
だが、夫として、幸恵自身を愛する者として、彼女を抱いたのは、幹夫だけだ。
それを確認するために、指先を彼女の秘部へとあてがうと、すでに粘液が洪水を起こしていた。
甘いキスを続けたまま、中指でその入り口をさする。
幸恵が懇願するような声を喉の奥であげ、腰をくねらせた。
彼女の、細い五指が幹夫のペニスを掴む。
幹夫のそれは、まるで童貞の若輩者のようにガチガチに勃起し、我慢汁を垂らしていた。
幸恵が裏筋に指を這わせ、上下にピストンさせると、それは更に硬度を増す。
男を悦ばせる手つきは、まさに一級品の風俗女だった。もしかしたらフードルの才能があるのかもしれない。
ペニスを走る血管が太くなり、直槍の如き硬度を帯びる。
出したい、出したい。
ペニスが咆哮をあげているようだった。
「ごめん、幸恵」
「どうしたの」
幹夫が口を離して手を止めると、幸恵が長い睫毛をしばたたかせながら首をかしげる。
「もう、我慢できない。いいか?」
幸恵は、すぐにその言葉の意味を理解したのか、はにかみながらぱっと頬を染める。
そして、遠慮気味に頷くと、口の端を吊り上げながら、誰にも聞こえないような小さな声で、言った。
ラブラブセックス―デリヘルでは出来ないこと―
仰向けになり、大きく股を広げる幸恵。
秘密の密林はすでに雨季へと入り、シーツには黒い水溜りが出来ていた。
その黒い葉に覆われた森の奥には、秘密の花が口を広げているのだろう。
雄を惑わせる香りは、離れていてもなお鼻腔を刺激し、幹夫の心をより昂ぶらせる。
少し前まではクンニのでもしようと思っていたが、彼女の匂いを嗅いでしまうと、そんな余裕は消えうせていた。
蜜に集う蜜蜂のように。或いは、食虫植物に誘われる犠牲者のように。
幹夫の、失われかけた雄としての本能が幸恵を強く求めていた。
「きて? 幹夫……」
もはや辛抱たまらないといった様子で、声を震わせながら、女性器を押し広げて目を潤ませる幸恵。
かつて新宿の夜景に例えたその瞳が称えた淫靡な光は、男を誘う風俗街のネオンのようだった。
その、痩せた腰を掴む。身体に汗が滲んでいた。幹夫の身体からも、温い汗が伝っている。
彼女も強く興奮しているのだろう。深い呼吸をして、新宿の光を揺らしながら、幹夫のそれに強い視線を向けている。
幹夫は、ふぅ、と息を吐くと、彼女の押し広げられた赤い花弁を押しのけて、その中へと一気に挿入した。
浮気調査が原因で別れたとき依頼のセックス。
時間にして、おおよそ1年。
それほど長い時間があっても、幸恵の膣内は変わっていなかった。
吸い付くような媚肉に、奥へ行くに従って、幹夫の弱い場所を磨き上げるひだ。
まるで幹夫専用の肉穴である。それらを形作る筋肉の一つ一つが、動かすたびに悦んでいるのがわかった。
「いぃっ――! みきお、すき……」
幸恵が甲高い声で、目を閉じながら喘ぐ。
素人の腰振りであっても、彼女を感じさせていることに優越感を覚えた。
肌と肌、肉と肉がぶつかり、小気味よい音の協奏曲を奏でる。
幹夫は歯を食いしばって、血管に力を込めた。
また、熱く滾るマグマが昇ってきている。
彼女を孕ませろ、彼女を感じさせろ。
彼女を――俺のものにしろ。
幹夫の、雄としての本能がわめきたてていた。
しかしそれは雑音だ。力を込めねば、すぐにでもこの幸せが終わってしまいそうだった。
復縁屋に行って、金を払ってまで自分との関係を取り戻したかった幸恵。
別れさせ屋に行って、金を払ってまで自分を独占したいと思った幸恵。
それを思うと、どうしようもなく愛おしくなる。
「みきおすきっ幹夫すきっ幹夫ぉっ! きてっ、中出しきて! 幹夫っ!」
狂乱したように自分の名前を呼ぶ幸恵。
返事の代わりにピストン運動を激しくしてやると、幸恵は折れそうなほど背筋を仰け反らせた。
そして、彼女は喉の奥、腹の底から搾り出すような、獣じみた声をあげる。
膣が、幹夫のペニスを締め上げる。きゅうきゅうと収縮して、精子を搾り取ろうと蠕動した。
イッているのがわかったが、そこで止めはせず、更に激しく腰を振る。
足の指を伸ばしたまま痙攣を繰り返し、幸恵の女性器から、透明で塩気のある雨が降り注いだ。
潮吹きだ。
まるで鯨のようだ、と苦笑をしながら、幹夫は更に腰を振る。
ほとんど間をおかず、精巣の奥から熱い白濁液が迸った。
ああ、幸せだ。
独特の疲れと、虚脱感に身を任せながら、幹夫は心からそう思うのだった。